我々の研究室では、これまで生体高分子の構造と物性の相関を解明し実用的な材料として利用することを目指して、バイオポリエステルやポリペプチドを研究してきた。研究の最大の独自性は、アミノ酸から構成されるポリアミノ酸(ポリペプチド、構造タンパク質)を機能材料および構造材料として実用化するために、高分子構造と物性の相関に基づいた材料設計に集約される。構造材料としては天然のクモ糸を模倣した人工シルクの開発を進めており、機能材料としてはペプチドを利用した植物改変を進めている。
1. 化学酵素重合を利用したポリアミノ酸の新規合成法の確立
ポリペプチドや構造タンパク質の機能材料および構造材料としての有用性が証明されている一方で、アミノ酸から成るポリマーを効率良く大量に生産する手法は確立されていない。ポリペプチドやポリアミノ酸を高分子材料として確立するためには、革新的な合成手法が必要である。応募者は、ペプチド分解酵素の逆反応を用いた化学酵素重合を利活用することで、ポリペプチドの新規合成法の確立を目指している。酵素を利用した脱水反応は、原子利用効率の観点からも非常に優れた反応である。これまでに、クモ糸の分子設計において重要な要素であり、合成が困難とされてきた疎水性アミノ酸のアラニンの重合反応に世界で初めて成功し、人工シルクの大量合成や、リボソームでは合成が困難な配列を含むポリペプチドの合成が現実味を帯びて来た。また、分岐型、テレケリック型、両親媒性ペプチド、アラニン以外の疎水性ペプチドの合成にも成功しており、幅広い分子構造へ対応可能であることを示してきた。3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)とリジンを含むペプチドを効率的に合成し、ムラサキ貽貝の接着機構に関する新たな知見を得ることにも成功した。近年では、高い熱安定性を有し、酵素重合に適した酵素の開発にも成功している。将来的には、加水分解酵素の逆反応(アミノリシス)およびアミド結合の形成について研究を進めることで、重合反応に適した次世代型酵素を開発すると共に、微視的環境を制御した人工酵素の分子設計にも積極的に取り組む。
2. 天然シルクの機構解明および人工シルクの開発
自然界に存在する機能性タンパク質および構造タンパク質を高分子材料として利活用することを目指し、その階層構造が物性へ与える影響に関する研究を進めている。自然界には、クモの糸、ムラサキ貽貝の帆足、シグナルペプチド等の合成高分子では真似できない特殊な機能を有するタンパク質やペプチドが多く知られている。一方で、その機能の発現機構には不明確な点が数多く残されており、化学構造、二次構造および高次構造を含めた階層構造に基づいた、物性の解析および理解が必須である。応募者は、高機能素材として知られているシルクタンパク質が形成するベータシート構造に着目し、シルクの結晶化過程を高分子レオロジー、散乱法、および顕微鏡観察を用いて解析し、溶液中における結晶化から、シルクの紡糸過程における結晶化・繊維化機構に関する研究を進めている。2015年には、紡糸後のシルク繊維(クモの牽引糸)の延伸過程における結晶構造変化を世界ではじめて明らかにすると共に、非晶性のシルク繊維の延伸過程における構造変化を、SPring8 45XUのWAXS解析により明らかにすることに成功している。また、原子間力顕微鏡観察、レオロジー解析およびSPring8小角・広角X線解析により、クモ牽引糸の紡糸機構が100nm程度のグラニュールを基本骨格として成り立っていることを明らかにした。クモ糸の紡糸機構だけではなく、牽引糸を構成しているベータシート結晶の形成過程および分解機構に関する研究も進めている。ベータシート結晶の形成過程は、非常に早く、これまで形成過程を追うことが困難であった。しかしながら、理研横浜研究所が保有する溶液NMRを用いることで、ベータシート形成の中間体や、結晶形成の過程を明らかにすることにも成功している。これらの新しい知見は、クモ糸の紡糸機構の解明だけでなく、人工シルクの紡糸機構や材料設計にも活用して研究を進めている。
3. ポリペプチドを利用したオルガネラ工学の創出
シルクのような高い生体適合性および生分解性を有する構造タンパク質を他の機能性ペプチドと融合させ遺伝子キャリアを作製することで、外来遺伝子を動物細胞へ直接導入することを可能にしてきた。さらに、癌細胞に特異的に吸着するペプチドと融合することで、癌細胞に特異的に遺伝子を送達するキャリア分子の開発についても成功している。現在では、機能性ペプチドを植物オルガネラへの遺伝子導入およびゲノム編集に応用し、新規構造材料、生理活性物質および機能性食料の多様かつ高効率な植物生産を目指して研究を進めている。核ゲノムに加えて、ミトコンドリアのような細胞小器官へ特異的に遺伝子を導入することにも成功しており、細胞小器官を利用した効率的な物質生産が期待される。現在は、葉緑体およびミトコンドリアのゲノムを編集する技術を開発しており、複数のオルガネラゲノムを同時に改変することを目指している。
以上のように、構造タンパク質やポリペプチドが形成する高分子構造と物理的・生物学的物性の相関を、特定の手法に限定せずに多様な解析手法を用いることで、ポリアミノ酸という次世代型素材の基礎科学を構築している。得られた成果の知財化も進めており、共同研究先である企業と共に、5年後もしくは10年後の実用技術としての確立を進めている。
ERATO オルガネラ反応クラスタープロジェクトも参照ください。